Weblog of pikopiko

声優・アニメ・写真とかを綴るブログ ( ……っつーか、日記か? )

3/5 に 3 度目の聖地巡礼をしてきました。

それまでの 2 回は、どちらも終電で宇治山田駅に夜中の 23 時 59 分に着くという行程でして、こりゃさすがに『深夜徘徊世古口』……なんだよねえ。 なので、今回は朝の 10 時半ころに宇治山田に着くという、普通の行程で行ってきました。


さて、まずは「砲台山 = 虎尾山」への登山です。 登り切って見れば、ニャロメの塔の下に見慣れない物を発見。 をを、砲台山にノートががが!!!  「星待月夜」のしぺらんさんが設置されたとのことで、早速ノートに書き込みをしました。 ノートについては「半分の月がのぼる空 ジオキャッシングもどき」に記述があります。

そして、ニャロメの塔によじ登り、撮影を開始。 自宅で地図を何度も何度も見て、シミュレーションを重ねたおかげか、すぐに成功。

ニャロメの塔から見た山田赤十字病院

虎尾山のニャロメの塔から見た山田赤十字病院です。 これが最大の積み残しだったんですよね。 はい。


そして虎尾山を下り、今度は市立図書館へ行って調査活動をしたのでした。

対象はもちろんニャロメの塔。 今回いくつか判りました。

『度会・大宮・南伊勢の山  27 山 / 伊勢山岳会 福井正身・著 / 1994/02/19 第 6 版発行』によれば、虎尾山の塔は日露戦争関連のものとのこと。 ただし、確度としては地元の伝聞と同じくらいかなあと感じました。 そこでさらに調べると、

「虎尾 ( とらがを ) は南方にある高台で、山上に笠松といふ古木があつたが伐採せられて今は無くなつて了つた」 ( 宇治山田市史 上巻 / 宇治山田市役所編集 / 昭和 4 年 1 月 20 日発行 )

というのを見つけました。 上の記述箇所は本の地誌の部分です。 これは多分虎尾山のことを書いたんだと思うのですが、塔については全く触れられていません。

「宇治山田市史」の後に刊行された「伊勢市史」の方も調べたのですが、こちらにはそもそも地誌の部分が無かったです。

他の本を見ると、『図説 伊勢・志摩の歴史 上巻』には『神都博覧会鳥瞰図』という図絵があり、これには「虎尾山遊園地」と「塔」が描かれているのを見つけました。 昭和 5 年のものだそうです。

以前触れた、『 So-net blog:いにしえの伊勢:虎尾山1(伊勢) 』のページの『伊勢参宮地図』にも遊園地は描かれており、こちらは昭和 4 年 3 月の発行です。


うーん、想像を逞しくしてみるのならばですよ、昭和 4 年に「第 58 回式年遷宮」が、昭和 5 年に「御遷宮奉祝神都博覧会」が開催されていることを考えると、それらに合わせて遊園地が造られたのかなあ、という可能性が考えられますね。 塔はその時造られたのか、それよりも前から有ったのかは不明ですが、宇治山田市史で全く触れられていないことから、遊園地と一緒に造られた可能性が考えられるのではないかと。

ただ、ぜんっぜん資料が無い。 検索したら東京都立図書館の本館に神都博覧会の資料があるみたいなので、今度調べに行ってきます。


さてさて、調査を終えた私は、まんぷく食堂で「からあげ丼大盛り」を、さらに赤福内宮前店で「あかふくぜんざい」を食べたのでした。 もう定番ですな。 夏は絶対「あかふくこおり」だ。

そして、内宮からの帰りに、もう一度の砲台山登山を。

暮れ行く稜線

外宮の方角には、暮れ行く稜線が見えます。 きれいです。 そして見上げれば、そこには半分の月 ( ……に、実は少し足りない ) が。

ニャロメの塔と半分の月

幻想的です。 思わず見とれていたら、あたりは真っ暗に……。 あわわ。 足元も見えませんよ。

まあ一応、そういう事態を予想してハンドライトを持ってきていたので、なんとか下山は可能でした。 でも、夜の山に慣れていない場合は、かなり危険なので、全くお勧めはできません。 特に、下りの方が危険なんですよ。 はい。


そんなこんなで、砲台山を満喫して帰ったのでした。 お土産に「伊勢うどん」を買ったので、晩メシはしばらくそれだな。 うむ。

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虎尾山 - posted by †††††冴††††† at 2006/3/8 17:16:14

こちらの記事を参考に、ン年ぶりに蓮随山~三郷山行ってきました。
ずいぶん変わっていてビックリでした。

D200いいなぁ…(Exif情報見ながら)と羨望はともかく。虎尾山の詳細な記事、すごいの一言です。
私も登る度に何度も日赤の撮影は試みましたが、28(22)~85mmのコンデジでは説得力のある写真は撮れませんでした。

虎尾山の資料に関して、「神都の博覧会男 北岡善之助」の中の神都博覧会の絵図(昭和五年)にも虎尾山に塔が確認できます。
確認してませんが、「図説 伊勢・志摩の歴史 上巻」のものと同じものでしょうか。

さて、前回のエントリ「砲台山は何処に在る? その 3 」にて『私は~山道を分け入っていったのだった』…等と期待を持たせる終わり方で書いたのだが、実はあまりネタが無い。

もう、この後はひたすらタダの登山だったんですよね。 うあー。 まぁそういうわけで、 2/5 の行動の続きを。


整備されたロマンの森の道を外れ、私は山道のキツイ傾斜を下っていった。 多分この先は白石山か蓮随山だ。 いやいや記憶でそう思いこんでるだけかもしれない。 …思いこみは危険だな。 うん。

そんなことを考えているうちに傾斜が緩やかになり、ほぼフラットになったところに出た。 道が分岐している。 さあ、どうするか。 今日は国土地理院の地図も持ってこなかったし、ハンディ GPS も無い。 そして道は割とマジな山道だ。 天候は崩れる危険がある。

私は、左を選んだ。 方角で言えば西だ。 そっちに行けば、住宅街や市街があることが判っているからだ。 そう、遭難するリスクのことを考えたのだ。

そしてさらに進むと、道の右手の丘の上にやや開けた場所があるように見えた。 …だが、そこには「青いビニールシート」が張ってあるようだ。 人が生活している…のかもしれない。

開けた場所ならば、そこからの眺望を確認したい。 それこそが今回の登山の最優先事項だからだ。 だがしかし、もしも誰かいたらトラブルになる可能性がある。 伊勢が始めての私としては、それは避けるべきことに思われた。 私は、ビニールシートの丘には登らず、下の道を進んだ。 小心者かもしれないが、それでいい。

道は少しずつ下っていき、いきなりとても開けた広場に出た。 フェンスに囲われた人工的な構造物が、そこにはあった。 それは、宮川中学校の裏手の『配水場』であるらしい。 後から調査した結果によれば、なのだが。

その『配水場』はそこそこの眺望ではあったが、標高は大分低い。 見ると下り階段が学校の方に伸びていた。 「行けば、登山は終わるな」 空を仰ぐと天候は回復しており、日射しがとても眩しい。 私は、先程の分岐を想い出していた。


分岐を今度は右に行く。 山の深い方へと入るのだ。 道は左手が山、右手が谷側となっており、軽く緊張しながら進む。 と、林越しながら、右の谷の対岸に何か見えた。

……ああ、ありゃ『やすらぎ公園』じゃねーか。 そうか、位置関係が判った。 なるほどなるほど。

山道はそのあたりで 90 度左に折れ、今度は 2 つある峰の間の沢筋を下ってゆくようである。 「さて左と右と、今度はどちらにするかな? 」

私は右の峰を選んだ。 たいした理由は無い。 登りやすそうだっただけだ。 しかし、実際にはそこに登山道など無かった。 ひたすら強引にガケを登るだけだ。 もうワリとではなく、思いっきりマジに登山だ。

蓮随山のピーク

そして、ピークに達した。 たぶん蓮随山の、だ。 上の写真がそうだ。 しかし、木々が生い茂っていて眺望は皆無。 実に残念だなぁ。 赤いビニールテープが巻かれた枝があるので、登山者が過去にここを訪れたことは分かるが、山の名を示すプレートなどは無かった。

時計を見れば、ちょうど正午。 そろそろ降りるか?  まだ、外宮も内宮もお参りしていないし、腹も減ったな。 そうだ、まんぷく食堂に行こう。 そう思い至った私は先ほどの山道まで戻り、そして峰の間の沢筋を降りていったのだった。


さてさて、2/5 の登山はここで終わるのですが、いくつか積み残しがあるのですね。

  • ニャロメの塔の山が虎尾山であることを確認する
  • その付近の山 ( 朝日山・永代山など ) にも登る
  • 蓮随山のことを調べてなかったので、調査しておく
  • そのとなりの白石山に登る
  • ハンディ GPS を持参し、各山頂を地図にプロットする

いままでの状況から「砲台山のモデルは虎尾山である」ことはほぼ確定かと思われた。 やはり、橋本紡さんが旧日記で書いていたんだしね。 だが補強材料が必要だ。 確定するために。 ……まぁ、疲れたからそれは次に伊勢に来た時にしよう。 うん。


閑話休題。 自宅に戻って調査していると、こんなページを見つけたのだった。

So-net blog:いにしえの伊勢:虎尾山1(伊勢)

興味深いのは、そのページの絵葉書だ。 右上に塔の写真があるのだが、私はその塔に見覚えがあった。 『ニャロメの塔』だ!  現地に行っただけに、私にはスグに分かった。

……ということは、上の blog の記事から推測するに、少なくとも戦前の時点から塔はそこに建っていたわけだ。 虎尾山遊園地に。 やはり、「ニャロメの塔 = 虎尾山 = 砲台山」の線で間違い無いようだ。

とすれば、あとは橋本さんの旧日記の記述に基づいて付近を調査してさらに補強することが必要かなと思った。 そう、この時に、私の心は決まったのだ。 2/12 にまた伊勢に行くと。 うん。

んじゃ、その 5 からは 2/12 に訪れた時の内容を書きますね。


追記 : ( 2006/03/02 )

星待月夜」さんの「半分の月がのぼる空 若葉病院=山田赤十字病院説まとめ(仮) 」の記事に、参考になる写真がありました。 見れば、近鉄のトンネルに虎尾山の銘板がありますね。 やはり「ニャロメの塔 = 虎尾山」なのですね。 はい。

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no title - posted by jyugemu at 2006/3/15 21:07:28

 初めまして。「いにしえの伊勢」の管理者「じゅげむ」です。私は「伊勢の古絵葉書の写真撮影地が、今どうなっているのかを追い求める」というマニアックなブログを書いています。川上様の詳細な研究のおかげで「砲台山」(虎尾山公園)の場所を正確に知ることができました。どうも有り難うございました。

思いがけないこと - posted by Weblog of pikopiko at 2006/3/16 20:11:41

拙 blog のエントリ「砲台山は何処に在る...