さぁ、いよいよ虎尾山に再び登るところまで来ました。 ──って、2/12 の伊勢訪問ネタを 3 月まで引っ張ってナニ言ってんだ、という突っ込みはナシの方向で。 うはは。
再びの虎尾山登山で、私が目指したのは「補強」です。 それが何かというと、橋本紡さんの旧日記の記述と、虎尾山の状況とが、ちゃんと合致することを確認することなのです。
「砲台山の途中に、今は壊れちゃったお堂とかあるんだけど~」 ( 橋本紡さんの ( 旧 ) 日記の 2004/02/14 の記述より )
具体的には、旧日記中に記述された場所の探索、『壊れちゃったお堂』を発見することだ。 この『壊れちゃったお堂』を 2/5 に発見できなかったのが、とても心残りだったのですよ。 なので 2/12 の登山では、その部分が最優先事項だったのだ。 はい。
さて、その『壊れちゃったお堂』については『ニャロメの塔』のページに、やはりヒントがあった。 ページに書かれた『竹やぶの中に忘れられた神社』だ。 たぶん、これのことだろうと思う。 おそらく、時間的な経過で橋本さんが日記を書いた時点では、壊れちゃっていたのだと思うのだ。
S 字カーブを登り、フェンスの脇から私は山に入る。 清渓橋を渡るとその先に壊れた公衆便所が在る。 今まではその手前で右折して石段を登ったのだが、今回はまっすぐ進んでみることにする。
公衆便所のあたりまでは楽に行けるのだが、その先は結構大変だ。 藪やら枝やらを掻き分け、とにかく登る。 すると右手のガケにかつて構造物だったような人工的な跡を見つけた。
これが『ニャロメの塔』のページに書かれていた防空壕の痕跡なのかなと思う。
この痕跡付近までは比較的楽に登ってこれたのだが、ここまで来ると後ろ以外三方が全てガケだ。 しかし、私には退却など無い。 ゆえに進むのみだ。 例によって、根性をいれて強引にガケを登ることに。 < ヲイヲイ…
そうやって登りきると……実に見慣れた場所に出た。 ニャロメの塔の脇だ。 あいやー。 まぁともかく、ニャロメの塔に私は 1 週間ぶりの挨拶をした。
ニャロメの塔の縁に登り、周りを見渡すと……やはり木々に遮られていて、眺望はかなり悪い。 それでもがんばって撮影してみようか。
上は多分、宇治山田駅の火見台の「近鉄」です。 をー、見えるもんだ。 下は、アイフルとか中京銀行の看板とかは見えるんですが……土地勘が無いので、狙いどころを絞れませんでしたね。 山田赤十字病院とかが撮影できれば良かったんですが……。 うーん残念だ。
そして、塔の前の石段を下り、振り返ってみた。
この塔直下の石段や、左右の石積み、やっぱり古絵葉書の写真と同じだなあと思う。 うんうん。
さあ、再びお堂を探そう。 塔のすぐ下の広場を念入りに探すも、それらしき痕跡は無い。 私はさらに石段を下りつつ、左手のガケの下を覗き込む。 あれ? 竹林の中に何かあるぞ。
毎度おなじみ、例によってガケをやたら強引に下りると、果たしてお堂はあった。
そのお堂は、もう原型を留めてはいなかった。 それだけの永い間、ここで移り行く時を、街を、人を、ただただ見守ってきたのだと思うと、感慨が沸いてくる。 私は厳かに手を合わせたのだった。
お堂の場所からは、更に下りれるスロープが有る。 行けば、そこはかなり広い広場だった。 何がここには在ったのだろうか? 遠く思いを馳せる。
おや、古井戸があるぞ。 地面とツライチだし、蓋もされてないので、危ないなぁ。 覗き込むと底のほうには水がある。 ここまで来る人はあまりいないと思うが、古井戸に落ちないよう注意してほしい。
『壊れちゃったお堂』を見つけたことで、はっきりとした確信が持てた。 「ニャロメの塔の山・虎尾山が、砲台山のモデルなのだ」
私は晴れ晴れとした気持ちの中で、S 字カーブから街を眺める。 すこし汗ばんだ肌に風が心地よい。 そして、軽快なステップでカーブの脇の階段を下りてゆくのだった。
はい、そういうわけで「砲台山は何処に在る? 」はひとまず終了。 今週末にでも、天気が良ければまた行きたいなぁ……とか考えてます。
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□ お疲れ様です。 - posted by †††††冴††††† at 2006/3/3 00:16:15
虎尾山関連の詳細な記事の執筆、お疲れ様です。
地元の人間でも実は知らない人が多い場所なんです>虎尾山
何度か幾たびに発見のある場所です。「壊れたお堂」ですが、私が初めて見た頃はまだ壊れていませんでした。いつのまに壊れたんでしょう?
半月の舞台探訪を期に、関連する市内の低山登山の登頂記というか、徘徊記を私もやろうと思ってました。先人の記事があるととても参考になります。
中でも三郷山~ロマンの森あたりは子供の頃や学生の頃遠足などで登った記憶しかないので、もう一度歩いてみたいと思ってたところです。
週末晴れたら、市内の撮影がてら歩いてこようかな?
さあ再びの虎尾山 ( ニャロメの塔の山 ) です……と、の前にすべきことが、まだある。
前回書いた「砲台山は何処に在る? その 5 」エントリ中の、「重点項目 2. 」からこなすことにしようかね。
この 2/12 の時点で「虎尾山 = 砲台山」が、自分の中ではほぼ確定していたのだが、不安要素をツブさなくてはならない。 私は、虎尾山のまわりの山にソレっぽい遺跡やら砲台跡やらがある可能性を、まだ完全に否定できていないのだ。 橋本紡さんは旧日記にて『そのうちのどれかが砲台山
』と書いているだけなのだから。
そこで、蓮随山を下りた私は、虎尾山の南側の山の永代山を探索することにしたのであった。
まずは山裾をぐるりと廻り、登山口を探す。 ……無いなぁ。 しょうがないので、地形的にイケそうな場所に取り付いて強引に登ることにした。 最近このノリが多いよなぁ…。 具体的には山の西斜面、島田工務店の近くだ。 ああ、そういえば 1 巻 171p に『島田建設と書いてあるヘルメット』が出てきたなぁ…。 まあ偶然だろうけど。
この斜面はかなりキツい。 なんとか登り切ると、そこはちょっとした広場となっていて……ビーチベッドがぽつんと置いてあった。 はあ?? まぁ、遺跡といえば遺跡か……んなワケねーだろ。 誰だこんなトコに置いたヤツは。
気を取り直して廻りを探索する。 ……何も無かった。 眺望も悪い。 うーむ。 東の方にここよりも少し高くなっている場所が認められたので、私はそちらへと進んだ。
そこは永代山の山頂だった。 伊勢の山々で見かけた「イセ愛山会」のプレートが枝にぶら下がっている。 これを見るとなんか達成感が沸くんだよねぇ。(w
廻りを探索すると、やはり何も無い。 眺望も悪い。 まぁそんなものだ。 「無いことを確認してるんだから」 うはは。
上は山頂付近を振り返って撮影した写真だ。 私は、さらに東へと進む。 途中から深い竹林となり、そこを進み行くと住宅地へと抜けた。 本来はここが取付口なんだろうと思うが、振り返って見ても「こりゃわかんねーよなぁ」という状態だった。 結果的に強引に登ったのは悪くなかった様だ。 うむ。
私は急斜面に造成された住宅地を下りていき、古市街道へと出たのだった。 さあ、今度こそ虎尾山だ。
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□ 永代山の登山口 - posted by SUKUN at 2006/9/12 12:30:45
昔は島田工務店より虎尾山よりの亀井電機と言う電気工事屋の前から登る道がありました。近鉄の永代山トンネルのすぐ上トンネルの入り口が見えるくらいの距離に稲荷さんがありました。30年位前には未だお参りする人もいたと思います。
□ 虎尾山の砲台 - posted by senta at 2006/9/14 22:08:16
大正のころ虎尾山にも砲台があったと聞いた事があります。
時報として使われていたそうです。
ここんとこずっと砲台山のコトを書いてるんですが、当 blog のエントリに「星待月夜」のしぺらんさんからトラックバックを頂きました。 ありがとうございます。
「星待月夜」には、たくさんの伊勢の写真があります。 また、氏は伊勢に在住とのことで、その説明にも説得力があります。 オススメです。 はい。
では本題。 2/12 に訪れた伊勢は、私にとって 2 度目となる。 そこで、砲台山関連では以下に重点を置くことにした。
- 虎尾山 ( ニャロメの塔の山 ) を詳しく探る
- 一応念のため、虎尾山の周囲の山にも登る
- 蓮随山に表側からアプローチする
さて、1. と 2. は後回しにして、3. について説明しようか。 というのも、実は 3. は砲台山とはあまり関係が無いのだ。 あうあうあー。 だからさっさと触れておくんだな。
でも一応書いておくと、「伊勢島きらり千選」というページがあってなかなか参考になるのだが、そこの蓮随山に関するページに気になる記述があったのだ。
「推薦のことば」に『蓮随山の頂上に登ると、市街が目の下に広がり~
』とある。 文章からは何十年も前の話だと思われるので、その頃は眺望が良かっただけだとは思う。 しかし、一応そのページを参考にして、八日市場の福祉会館側からもアプローチすべきかと思われた。 ちなみに、福祉会館とは図書館の東隣の施設だ。
そういうわけで、まずは蓮随山だ。 会館脇の道を外宮神域の柵に沿って進む。 ひたすら坂を登っていくと住宅街が終わり、そして奥に見える登山口から林の中へと入る。
写真は登山口から入って割とすぐの場所。 左手の柵は外宮神域を示しています。 この柵はずっと先までぐるりと続いているので、高倉山へ登ることは物理的に無理のようですな。 道の左右で植生が異なっているのも実に興味深い出すなぁ。 さすが神域。
その道をまっすぐ進み、つきあたりを右に曲がり登っていく。 しばらく行くと開けた場所に出る。 梅香寺旧跡だ。
写真は旧跡を示す石碑。 その石碑をパスしてさらに行くのだ。 お梅の方のお墓の脇を抜け、いい感じの雰囲気な石段を登る。
ずんずん進んで行くと、いきなり旗が立ち並ぶ異様な光景ががが。 ワリとビビるなぁ、この景色は。 暗かったら結構コワいかも。
そして、旗の先に見える小さな祠に、私はお詣りしたのであった。
祠のさらに先へと道は続くのだが、行けば 2/5 の時に歩いた山道に出るではないか。 そうか。 やはり蓮随山山頂は「砲台山は何処に在る? その 4 」で書いたそれしか無さそうだ。 ああ、参考にしたきらり千選の『山頂への道はないようだ
』の記述も、別にウソじゃない。 いやあ、ありゃ道じゃねえからよ。
そして、私は山道を引き返し、蓮随山を下りた。 目指すは、虎尾山だ。
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2/5 の朝、「砲台山は何処に在る? その 2 」にも有るとおり「ニャロメの塔」を私は見た。 しかし、小説中の砲台山がそこをモデルにしていることを確信できないでいた。
「砲台山は虎尾山ではないのか? 」 そんなことを思いながら、私は別の可能性も探ることにしたのだ。 砲台山の次なる候補の、高倉山山系だ。
しかし、高倉山は神宮外宮の裏手にあり、神域である。 禁足地たるそこへ、一般人の私が立ち入ることは許されない。 信心の薄い私ではあるが、さすがに禁を犯すつもりは無かった。 そう、ここは伊勢なのだ。
そこで、まずは高倉山の山裾をぐるりと廻ることにした。 虎尾山を下山して古市街道を外宮方向に少し戻り、神宮育成会館の付近から丁度時計回りに、だ。 そして、高倉山の西に連なる山々に登るという作戦だ。 そちらの山々は禁足地ではない。
ただ、今だからこそ言えるのだが、 2/5 のその行動は少々甘かったようだ。 山裾をぐるっと廻る道はとても長い。 まぁ、思うに、徒歩はオススメできない。 伊勢市駅前のレンタルサイクルを使うか、路線を調べてバスを利用すべきだった。
さて、山裾の道をずいぶん歩くと『伊勢やすらぎ公園』への分岐に差し掛かった。 見れば道は山側へと伸びていく。 私は、公園という文字にも釣られて、一番上まで登った。
──墓地だった。 広大な。
眺めは良いのだが、南側への展望が開けているのみだった。 勿論外宮なんて見えない。 後から地図を見て知ったのだが、蓮随山・白石山の南側中腹を切り開いて作られた墓地であった。
徒歩で登った私には、疲労と失望しか残ってなかった。 そのためこの場所の写真は無い。 うにゃー。
再び、山裾の道をさらに歩く。 もういい加減疲れてきて「タクシーかバスで帰るか? 」と思った頃にそれは現れた。 『ロマンの森・伊勢三郷山登り口』だ。 西側の登山口らしい。
ロマンの森、か。 登る…しかないよなぁ。 あうぅ。
意地になって登っていくと、広場に出た。 『つどいの広場』だ。 ここは眺望も良く、眼下に宮川を見渡せる。
遠くには山田赤十字病院が、見える。
なんとなく嬉しくなってきた私は、その広場に設置されている案内板をじっくりとチェックし、次のビューポイントを目指すことにした。 『学校の森・三郷山西峰』だ。
『学校の森』への道のりは…実に遠かった。 『つどいの広場』からだと、一旦山を下り再び登り直すという格好なのだ。 石段がとてもツラいですよぅ…。 さらには、空からは雪が。 ううう。
上の写真が三郷山西峰からの眺望です。 木々に遮られる格好にはなりますが、割とイイ眺めです。
そして、ズームアップして捉えた写真を 2 点。 山田赤十字病院の写真と、伊勢慶友病院・山田高校の写真です。 下の写真の真ん中あたりに慶友病院があり、写真下半分の校舎は山田高校なのです。
イイね。 感動です。
でも、残念ながら伊勢市駅や宇治山田駅は見えない。 外宮の森は、それらしきものがほんの少しだけ見えるという感じだ。 この峰は一番西に張り出しているから、位置関係上ここから見えないならば、三郷山の他のポイントでも見ることは出来ないだろう。
しかし、私は行く。 さらなるビューポイントへと。 来た道を引き返して西峰を降り、また登る。 そして『ふれあいの広場』を目指すのだ。
たどり着いたその広場は、とてもイイ感じだ。 適度に開けているし、なんといっても展望台がある。 眺望は抜群だ。
西峰とは視点が異なるので今度は 2 つの病院が一枚の写真に収まる。 そして、山田高校の校舎はかなり見下ろす感じとなった。 高校のグラウンドは、雪のちらつく手前の森に遮られて見えない。
ここ『ふれあいの広場』からの眺めは、小説の記述とは異なる。 だからその意味ではここは砲台山では無いのだと思う。 でも展望台から眺めていると、まるで自分が砲台山の上にいるかのような錯覚を覚えた。 苦労して登ったから、そう思ってしまうのかもしれない。 が、いい眺めなのは確かだ。
「ここなら里香をつれてきてもイイな」 …なんてコトを思ったりした。
──もしかすると、この展望台の近くには『本当の頂上』があるのかな? 2/5 に訪れた時は思い至らなかったが、今度登る時には探索してみよう。 まぁ、無いとは思うけど。
展望台を降り少し歩くと、近くにはまた案内板が立ててあった。 撮影していなかったことを思い出し、私はカメラを構えた。
三郷山のビューポイントは、これであらかた巡った。 さぁ、これからどうするか?
道を少し戻り、北登山口の方へ降りることを考えるが、案内板をよく見れば東へ伸びる細い道があるではないか。 やはり、行くしか…ないか?
「そこに山があるから登る」 ──そんなカッコイイ言葉が脳裏をよぎった、のかどうかは定かではないが、私はロマンの森の道を外れ、山道を分け入っていったのだった。
補足 :
『伊勢やすらぎ公園』は墓地なので車で登れる。 これもまた後になって気付いたのだが、車でその公園の一番上まで行き、そこから山道を『ふれあいの広場』まで歩いて行く……というはアリかもしれない。 この場合『ふれあいの広場』が『本当の頂上』という具合になる。 あぁ、なんとなく楽しいぞ。
ロマンの森の西登山口へ行くならば、多分バスで行ったほうが良いだろう。 歩いていく距離では無い。
西登山口の近くには、うぐいす台の住宅地がある。 昨日のニュースで、そこに住む伊勢市長が亡くなられたことを知った。 おくやみを申し上げたい。
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「半分の月がのぼる空」聖地巡礼シリーズの第 7 弾…になるのかな? これから何回かに分けて「砲台山」の事を書いてみる。 うん。
『おまえ、言ったよな。砲台山に行ったら、覚悟ができるかもしれないって。だったら、簡単だよ。行こう、砲台山に』 ( 橋本紡著・半分の月がのぼる空 1 巻 161p )
多分、裕一のこの言葉にヤられたんだろうなぁ……。 そして、今も私の心には響いているのだ。 『行こう、砲台山に
』
1 巻を読み終えたのは 1/30 だったか。 その時点でもう、伊勢に行く、砲台山に行く、と決めていた。 翌 1/31 には 5 巻までを読了し、 2/1 あたりから砲台山のコトを調べ始めたのだ。
さて、砲台山については、橋本紡さんの旧日記に一番の手がかりが有る。 2004/2/14 付の書き込みがそれだ。 おそらく Google のキャッシュとか、Internet Archive で参照できると思う。 そして、その記述と、『ニャロメの塔』の中の記述が近いことから、『砲台山 ( 龍頭山 ) 』 = 『虎尾山』ではないかとアタリはついていた。 龍の頭と、虎の尾。 シャレも効いている。
しかし、ニャロメの塔の有る山は、本当に虎尾山なのだろうか? それについては確信が持てないでいた。 実際、近鉄のトンネル付近には、複数の山が有る。
また、旧日記中の『ドンの山』については『時報「ドン」』にて情報が得られた。 そこから『高倉山』も砲台山候補に上ったのだが、高倉山は外宮神域内で禁足地であるため登山不可なのだ。 もしかしたら高倉山山頂にはあの砲台跡があるのかもしれないが、私は確認する術を持っていない。
ところで、ここで気になるポイントがあるのだ。 それは小説中の若葉病院屋上からの眺めを書いた記述だ。
「僕は今、屋上の手すりにもたれかかり、目の前に広がる町の風景をぼんやりと眺めていた。町の中心部に、でっかい森がある。それが伊勢神宮だ。」( 橋本紡著・半分の月がのぼる空 1 巻 56p )
「町に高いビルなんてもんはない。 のっぺりと、地面に張りつくように、町は広がっている。 右のほうに目を移すと、そこにこんもりと盛りあがった山があった。龍頭山というのが本当の名前なのだが、地元の人間は砲台山と呼んでいる」( 同 1 巻 57p )
この記述から病院・外宮・砲台山の相互位置関係が判るのだが、砲台山の場所を虎尾山に定義した場合、病院は向山か船江山あたりの上に在るということになる。
しかし、病院の立地としては『商店街を抜けたところに有る』・『図書館に歩いて行ける』・『病院の西に裕一の高校が見える』などが記述されており、『伊勢慶友病院』が最有力候補で、『山田赤十字病院』か『伊勢市立総合病院』あたりが次点と考えられるのだ。 そして、慶友病院から見て外宮の右に有る山は……蓮随山や三郷山とかなんだよなぁ。
そうやって情報を集めつつ思索してる中、「電撃 hp を買ってきた」のエントリにもある通り、2/3 に電撃 hp を買い込んだ。 読めば、その 22 号 114p の『龍頭山』とあるべき部分には『虎尾山』の文字が有るではないか。 そうなのだ。 「半分の月がのぼる空」の短編としての初出では『虎尾山』だったのだ。
「やはり、砲台山は虎尾山なのか」──と思いつつも、それ以外の選択肢を捨てきれず、私は以下の方針で調査することにした。
- まずは、ニャロメの塔の山にともかく登る
- それから、可能ならば付近の山にも登り、著者の言うところの虎尾山を確定させる
- 高倉山には登れないが調査はする
- さらにその西に連なる山々に登る ( 蓮随山・白石山・三郷山など )
はたして砲台山は何処に在るのか? さぁ、伊勢はんつき登山部の出発だ(w
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□ 半分の月がのぼる空 砲台山おまけ - posted by 星待月夜 at 2006/3/2 01:18:29
砲台山こと虎尾山(とらおやま)の調査の途中経過。 本当は、今日さらに調査してから...
□ 砲台山の場所を虎尾山 - posted by tomosan at 2008/4/25 19:25:03
から病院・外宮・砲台山の相互位置関係が判るのだが、砲台山の場所を虎尾山
□ 砲台山の場所を虎尾山 - posted by tomosan at 2008/4/25 19:33:09
橋本さんは、若葉病院屋上(伊勢市立総合病院)から見て、砲台山の場所を虎尾山(尾上町)としたのだと思います。
商店街とか図書館は旧慶応病院の立地条件と思いますが、創作上での文章でしょうが、やはり若葉病院は伊勢市立総合病院で決まりと思われます。
前回書いた「砲台山は何処に在る? その 1 」のエントリにもある通り、私はとても強い衝動を感じていた。 『行こう、砲台山に
』と。 そして、その衝動に突き動かされるかのように、私は伊勢に居たのだ。
「なんとなく、ここまで来た」に書いた、 2/4 の深夜のことだ。
さてさて、ここからは聖地巡礼というよりも、登山記と言った方が良いかもしれないなぁ。 まぁ、それもアリってコトで。
さすがに深夜に山に登るほどバカでは無いので、翌日 ( 2/5 ) 朝日がのぼってから「伊勢はんつき登山部」 ( 部員 1 名・絶賛募集中 ) は、その行動を開始した。
まずは『ニャロメの塔』だ。
場所については上記のリンク先に割と詳しく書かれているので、迷うことは無いだろう。 しかし、登山道としては、既に整備が放棄されているので、それだけは肝に銘じる必要がある。
古市街道を内宮方向へと歩き、小田橋を渡ってしばらく行くと「三重県真珠」がある。 ここを右折し、S 字カーブを登る。 そうすると、ニャロメの塔への入口がある。 上の写真がそうだ。
フェンスが在ると言うことは、それは「本当は立ち入って欲しくない」という意図なのだろうか。 フェンスの右側から中に立ち入る者は、それをしっかりと認識しておく必要があるのではないかと、私は思う。
フェンスのその先の状態は、上の写真の様な感じだ。 かつて石段だったものがそこにはある。 石は崩れ、落ち葉に埋まり、折れた竹等が行く手を遮っている。 状況から、手袋は必須だ。 また、雨が降った後には絶対に登るべきではない。
そして、ひたすら登っていくと『ニャロメの塔』はそこに在った。
おお!! ──感慨と共に、早速塔のすぐそばまで登る。 そして辺りを見回し……私は軽い失望を覚えた。 木々に遮られて、眺望は殆ど無いに等しいのだ。
「こんな場所に里香を連れてきてもしょうがないよなぁ…」 < をいをい、キミは何を考えているんだ?
うーん、これが本当に『砲台山』なのだろうか? そう思った私は一旦 S 字カーブまで下り、別の登山道を進むことにした。 地図を見ると判るのだが、この山には 2 つの道が延びているのだ。 もしかすると、『本当の頂上
』があるかもしれない。 ……そんな期待が有った。
S 字カーブからさらに住宅街へと進み、その一番奥にもう一つの登山道の取り付き口がある。 そこから伸びているはずの道は、すでに道では無かった。
ともかく強引に進み、そして辿り付いた場所は……、ニャロメの塔の裏側だった。 あう。 苦労したワリには、あっけない結果に。
とりあえず、この山の尾根筋には、塔しかない。 本当の頂上も無い。 それはわかった。 まぁ、収穫だということにしよう。 エラく疲労したが。
私は塔に腰掛けつつ、幾つかチェックすべきことを考える。
- この山は、現実世界での「虎尾山」なのか?
- そして、橋本さんが日記で触れた「虎尾山」もここなのか?
……考えても、結論は出ないんだよなぁ。 ペットボトルの水で水分を補給し、そして、とにかく行動を起こすことに決めた。
「とりあえず後回しだ。 うん。 そして、次の山に登ろう。 それしかないよ」
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電撃 p を買ってきた。
先日の『電撃 hp を買ってきた』のエントリにて、
──電撃 p に「半分の月がのぼる空 多田吉蔵の嬉し恥ずかし病院 Life 」が掲載されていたらしいんだけど、今からじゃ買えないだろうし──
と書いたのだが、知り合いからリアルツッコミがあった。
「今アニメイトでフェアやってるから、買えるよ」
な、なんですとー!?
調べると確かにやってましたよ。 はい。
そういうワケで、アニメイトに赴き、無事ゲットしたのでした。
さらに表紙の「学園木乃」にヤられてしまい、他の「電撃 h 」「電撃 hPa 」も買ってしまったナリ…。 「電撃ヴんこ」は品切れだったので、他店舗に今度行ってみるつもり。 うい。
そして最終巻『半分の月がのぼる空 6 life goes on 』も、早売りを買ってきました。
いますぐに読みたいような、でも読んでしまうのがもったいないような、そんな気持ちです。 あぁ、これで終わりなんだなぁ…と思うと、それだけで胸がいっぱいに。
あ、いや、実際には短編を集めた本がこの後にさらに 1 冊出るんですけどね。 本編としてはこの 6 巻で終わりなんです。
やっぱり、ね。 ほんの一ヶ月にも満たないウチのファン歴でも、とても、とても感慨深いのですよ。 2 月 1 日に『「半分の月がのぼる空」』のエントリを書いてから、一気に駆け抜けたよなぁ。 我ながらびっくり。
この最終巻が出る前に、伊勢を訪れることができて本当に良かった。 読みながら、裕一や里香を今まで以上に身近に感じられるかと思うと、それはそれはワクワクしてくるのです。
どうしようかな。 うーん、 1 巻から一気に読み返そうかな……。
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『あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい。あっかふくぜんざーい
』
なんかこの節回しが脳にこびりついてしまってます。 「半分の月がのぼる空 one day 」の里香の歌が、ね。
んで、ついにと言うか、やっと“あかふくぜんざい”を食べてきた。
2 月 5 日に伊勢に来た時は、いろいろな場所を廻るのに時間を掛けすぎてしまい、内宮のお参りを終えておはらい町に戻った時には、赤福はすでに閉店していたんです。 ううっ(泣
そして 2 月 12 日、あかふくぜんざいを食べられなかった男が、そのアツい思いを胸に秘めつつ、伊勢の町にふたたび降り立ったのでした。
……東京では「いちご 100% 」のイベントが 2 回廻しで行われているハズの日にもかかわらず、なのだ。 もちろん、今もウチの手元には、その 2 回分のイベントチケットが残っている。 しかし、「はんつき」のためならば少しも惜しくない! 「伊勢よ、私は帰ってきた!! 」 < モチツケ
食べたのは『本店じゃなく、内宮の前にある店
』だ。 モチね。
食券売り場で「 20 分ほどかかりますが、よろしいですか? 」と問われたので、肯定すると共に、赤福の盆のチケットも購入。 まずは赤福を食し、舌鼓を打つ。
「うまー」
昔、赤福 20 個入りを買ってきて一人で食べきったこともあるウチなのだが、伊勢の店舗で食べる赤福は違う! おいしいのですよー。
そして、赤福を食べきって茶をすすっている男の前に、あかふくぜんざいはその姿を現したのでした。
をを、これが。
ふるえる手で椀を取り、厳かに食べる……。
「いやぁ、マジおいしいのですよー」
これは、ホントにおいしいですなぁ。 寒い日だったので、特にあったかいぜんざいはおいしく感じられたのでした。
「又来よう」 空になった椀に、強く誓うのであった。
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昨日の昼、なか卯で親子丼を食った。 その時、カウンターの上にはうどん用の胡椒があったので、さも当然のようにガッツりかけて食った。 問題無し。
2 月 5 日に伊勢を訪れた時に、まんぷく食堂にも行った。 「半分の月がのぼる空 looking at the half-moon 」のあとがきや、電撃 hp 26 号の「半分の月がのぼる空・外伝 dragonfly 」で語られているので、是非とも行ってみたいと思っていたんだな。 場所は、近鉄宇治山田駅のすぐそば。
「ま○ぷく食堂は駅裏にある学生御用達って感じの定食屋なんですが、とんでもない量のご飯をだします」 ( 橋本紡著・半分の月がのぼる空 1 巻 226p )
「なぜか卵系ドンブリにもコショウがきいてたりします」 ( 同 1 巻 227p )
と書かれてたので、とりあえずカツ丼を普通盛りでオーダーする。 ……あぁ、どうせオレは小心者ですよ。
やってきたカツ丼を食すと──た、確かに胡椒がきいているぞ……。 うーん、もぐもぐ。 しかし、その時なにかがはじけた。
「いや、これもアリなんじゃね? 」
そして 2 月 12 日。 野望を実現させる日だ。
まんぷく食堂に入って席につき、おばちゃんを見て「からあげ丼ください。 あ、大盛りで! 」と発する男が一人。
おばちゃんの目がすこし泳いだように見えたのは、たぶん気のせいだろう。
程なくやって来たからあげ丼。 食べてみると、これはナカナカの味です。 カリカリの唐揚げにトロトロのたまご。 実に、ウマー、なのですよ。 「東京に戻ったら、自分で作ってみようかなぁ? 」などと思いつつ、サクサク完食したのでした。 あ、2 度目の来店で量はだいたい想像がついてたので、問題無しなのだ。
しかし、まんぷく食堂に 2 度行ったことで、男の中のナニカが壊れたのかもしれない。
たぶん、昼飯にカツ丼を食う時、牛卵とじ丼を食う時、男はおもむろに胡椒をかけるだろう。 隣の客や店のにーちゃんに「ヲイヲイ」という目で見られても、だ。
まぁ、向こう一ヶ月くらいの間は。
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前回書いた「なんか企画がカブったかな? 」のエントリにて、みゆきの住んでる辺りを推理 ( というか妄想 ) してみた。
となれば、当然次は「里香は伊勢のどの辺りに住んでるのかな? 」というハナシになるわな。 うん。
「半分の月がのぼる空」の 6 巻で書かれた裕一が里香を送る場面では、河崎の町屋通りを通り、勢田川を跨ぐ橋を渡っているので、里香はおそらく河崎の 3 丁目あたりに住んでるんだと思う。 もっと奥手の神久という可能性も考えられるんだけど、それだと町屋通りを通らない方が多分近い。
それで、2 月 12 日に伊勢に行ったときは、その近辺の橋も見てきた。 河崎の町屋通りから勢田川を越えるという立地の橋は、「南新橋」・「中橋」・「北新橋」の 3 つ。 さて、どれなのか。
見に行った時は、一番北側の北新橋は橋の中程が膨らんでいて、そこに二人が佇むってのは、ロマンティックだよなぁ……とか考えてました。 ただ、この橋だとすると、裕一の家から結構歩くんですけどね。 うむー。
まぁ、そんなコトを考えつつ、例によって橋本紡さんの blog を見に行ったら……。 「をを、勢田川を跨ぐ橋だよ。 これ多分、南新橋だ」 なるほどなるほど。
というわけで、夜中の南新橋を西詰側から撮影したヤツを。
夕刻頃の写真が無いのが残念です。 裕一と里香は、二人でこの橋を向こうの方へと渡っていったんですね……。
そして、欄干から見た勢田川も。 感度は ISO1600 で F3.5 , 1/1.6 秒です。 それを 2/3 段増感。 手持ちの限界に挑戦してきました。
小説の描写通り、川面に揺れる光が印象的でした。
あと、ついでに、踏切の写真も。
「なぜか火見台がある古めかしい駅舎の前を通り過ぎ、踏切を渡り、家への近道である世古へ僕は入った」 ( 橋本紡著・半分の月がのぼる空 1 巻 107p )
踏切はこの西にも一つあるけど、近道の踏切は多分ココ。 あ、小説の場面だと、昼のはずだな…。 昼に撮った写真はどれだっけ? あうー。
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はい、「半分の月がのぼる空」聖地巡礼シリーズの第 6 弾です。(w このエントリでは、商店街の写真をいくつか掲載。
小説の描写からは、アーケードが設置されてる商店街には、本屋があり、お好み焼き屋があり、映画館があり、寿司屋があり、……といろいろわかりやすい情報が得られます。 んで、これらから推理するに「しんみち商店街」で間違いないかと思っています。 実際、アニメでも出てきましたしね。
上は、しんみち商店街の入口。 伊勢市駅側の方です。 奥手にかかる「ザ・バーゲン」の垂れ幕が、とてももの悲しい……。
これは中ほどの写真。 裕一が歩いた、真夜中の商店街。
撮影した 2 月 5 日も、ものすごく寒かった。 ……てか、抜け出してこんなトコ歩いてたら、そりゃ病気も悪くなるよなぁ。
「町は静まり返り、人の気配はまったくなかった。商店街はことごとくシャッターを下ろし、そのアーケードの下を薄ら寒い風が吹き抜け、信号の赤が点滅してアスファルトを闇と赤の順番に染めている。 見上げると、そこには半分の月があった」 ( 橋本紡著・半分の月がのぼる空 1 巻 143p )
ところで、この道を最後までいっても、アーケードが終わるだけで病院は無いんです。 これが「たかやなぎ商店街」ならば、終わりまで行くと「うらのはし」で、伊勢慶友病院のスグ近くに出るんですが。
「五分くらいで本屋に着くと、僕は階段を指さし、言った。『オレ、二階見てくるから』『ん』」( 橋本紡著・半分の月がのぼる空 5 巻 70p )
「この本屋は一階に雑誌を置いていて、二階がマンガとか文庫って感じになっている」( 同 5 巻 70p )
今度は昼間の写真で、古川書店です。 小説の中で、裕一がみゆきと来た本屋。
ウチが来た時点 ( 2/5 ) では、 2 階は既に閉められていて、 1 階のみで営業してました。 大丈夫なのかなぁ…と、ちょっとだけ不安に。
1 階入ってスグ右の棚にはライトノベルが、たしか 1 ~ 2 段分だけ使って並べられてました。 そんな小さいスペースにもかかわらず「半分の月がのぼる空」は 1 ~ 4 巻が 2 冊ずつも。 愛されてますよ、橋本先生。
このあと劇中では、二人は古本屋に行くのですが、その古本屋はいまだに発見できてません……。 見つけられたらならば、太宰の「人間失格」をそこで買うのに。
お好み焼き屋のおもかげ。 1 巻のあとがきや、電撃 hp 26 号に掲載された外伝「 dragonfly 」に書かれていた、『おばちゃんがすごい
』というお好み焼き屋は、たぶんここなのかな?
ウチは……小説の描写に恐れをなしてしまい、まだお店に入ってないのです。 ううっ、小心者だよう。
この商店街は、日曜日でもシャッターが閉まってる店が散見され、やはり寂しさを漂わせています。 でも、そういった部分もまた「はんつき」のイメージを、思い起こさせるんですね。 来てみて「ああっ」と感動してしまったのですよ。
そうそう、この商店街は「逆境ナイン」の映画にも出てきますよ。
そういえば「橋本紡オフィシャルblog 」に、『物語に出てくる場所を書き込んだ伊勢マップを作ろうかという話があります』という記述が! 是非!! 是非是非!!! お願いします!!!! もう、本当に。
さてさて、次は「砲台山」関係の写真を載っけようかな。 うん。
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今、「リバーズ・エンド 5 change the world 」を読んでいるところです。 お話がどんどん進んでます。 多分、今夜中には「リバーズ・エンド after days 」まで読みきれるでしょう。
読み終わったら、河口を見に行こうか。 秩父の山から流れ来る荒川か、いや、多摩川でも鶴見川でも。
そして、そのあとには「毛布おばけと金曜日の階段」を、それから、「猫泥棒と木曜日のキッチン」を読むつもりです。
これらの本を買ったのは「半分の月がのぼる空」にハマった時なので、実は「リバーズ・エンド」を買うよりも少し前。 なぜか、読むのを後回しにしてしまっていました。
いや、なぜか、じゃぁないよな。
ほんとうは、理由があるんだ。 バカみたいな理由が。
怖いんだ。
私は、橋本紡さんの blog を読んだから、橋本さんがこの本に何を込め、何を賭けたのかを、知っている。 ああ、知っているなんて言葉は、なんかエラそうだよな……。 「自分なりに判ってるつもりだ」──という風に表現しようか。
そう、だから私は七曜日を読むことが、怖いのだ。
橋本さんは、自身の blog で『この作品 ( 猫泥棒などの七曜日シリーズ ) を面白いと感じてくれる読者がいないのだとしたら、僕は物書きをやめるつもりでいます
』と書いていた。 その、凄烈までな決意が故に、私はすぐに買いに行ったのだ。
だが、読むのは怖い。 もしも、面白くなかったら、自分にとっては面白く思えなかったら、どうしよう?
「半分の月がのぼる空」でファンになって、「リバーズ・エンド」も読んで、でも、もし七曜日シリーズを面白く思えなかったら、「自分は橋本紡作品の読者としては“選ばれなかった”」ということに、なりはしまいか?
そんな思いが、胸を締め付けるのだ。
私が感じていること、それはただのひとりよがりなのかもしれない。 きっと、そうなんだろう。 ──ああ、こんなにまで橋本紡さんのファンになってしまったんだなぁ。 なんかまるで片思いだね。
でも、ずっと積んで置くわけじゃない。 あたりまえだよ。 それだけ橋本紡作品のファンなんだから、読まないなんて選択は考えられないからね。
怖いなんて、ちょっとビビってしまっただけだ。 なんか山西みたいだな。 うん。
買うだけで読まないなんて、それは『なんの解決にもならない
』ね。 もちろん、読者として、だ。
だから私は、七曜日シリーズを真正面から読もう。 橋本さんが著者としてすべてを賭けたのなら、私は読者としてそれに誠実に応えよう。
写真は、2/12 の伊勢からの帰り、JR 名古屋駅のキヨスクで見かけた「味噌かくし」というおみやげ。 箱を見たときに「買わねばならぬ」という強迫観念になぜか襲われて、家に帰って気付いた、という次第。 多分、この色彩にヤられたんだな……。(w
味噌かくしは食べた。 さぁ、次は七曜日の番だ。
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昨日 ( 2/20 ) 、橋本紡さんの新刊書の「流れ星が消えないうちに」を、買った。 2/22 発売予定なので、早売りってコトになるのかな?
神保町でちょっと探して見つからなかったので、アキラメ半分のダメモトで OAZO の丸善に行ったら、なんとか発見。 即購入となった。 丸善の検索システムは、便利ですなぁ。 うむー。
ただし、本が置かれている場所が、文芸書コーナーの、「女性作家」の棚……。
もしかして、それが理由で、神保町でも見つからなかったのかなぁ?? 三省堂に無いのは変だなぁと思ってたんだけど、女性作家とか、恋愛エッセイとかの棚にあったのかも……。 うあー。
まぁ、なにはともかく買えて良かった。 あと、丸善には「君と僕の歌 world's end 」も置いてあったので、それも購入。 ほくほく…。
「流れ星」は、「七曜日」の 2 冊を読み終えてから、とりかかる予定。 先週末は仕事でバタバタしてたので、まだ読めてないのですよー(泣 がんばって読むぞー。
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今日、橋本紡オフィシャルblog を読みに行ったら、「橋本紡公式サイト」が移転したとの告知があったナリね。 早速ブラウザのブックマークを変更変更。
さて、「半分の月がのぼる空」を読了した後、今度は「リバーズ・エンド」を読み始めています。 ゲーマーズで「はんつき」の栞フェアをやっていたので、栞目当てに 6 冊一気買いしたんですよ。 で、今日から読み始めたところです。 「はんつき」のドラマ CD に封入されてた布製ブックカバーを掛けてるんですが、これ結構イイ感じですね。
今ンとこ、まだまだ 1 巻の p90 あたりなんですが、ゆっくりと読み進めようと思ってます。 はい。
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せっかく 2 週連続で「半分の月がのぼる空」の聖地・伊勢に行ったので、撮影した写真をぽつぽつと blog に掲載していきましょうかね。
……などと思い撮影画像の整理なんぞをしてたのですが、著者の橋本紡さんの「橋本紡オフィシャルblog 」を見てみてびっくり。
「あいやー、企画がカブってしまったわ」
あぁ、別に困ってるわけではないですよ、もちろんね。 著者自らが舞台たる伊勢を語るのですから、それはもうワクワクしながら次の記事 & 写真を待っているんです。 はい。
私は関東の人間なので、やっぱり伊勢に行ってもお客さんでしかないんですよね。 だから、伊勢に行って見てきたものを想い出し、橋本さんの言葉に触れて、さらに作品に対する理解を深められたらいいなぁ、と思ってるのです。
写真は勢田川。 錦水橋の中ほどから北を向いて撮影。 遠くの橋は桜橋です。 左側の川岸が裕一の住む「吹上」地区で、右側は「岩淵」地区。 あ、でも、裕一は吹上でも、もっと北の方 ( 写真で言うと、奥の方 ) に住んでるはず。 多分 2 丁目。
これを撮影しながら、「みゆきはどの辺りにすんでるのかな? 」なんて考えてました。 裕一の住む吹上は明倫小学校で、みゆきも同じ学校。 そうすうると、「吹上」・「岩淵」・「尾上町」・「岡本」あたりのどれかなのかなぁ……?
ウチは、対岸の岩淵 3 丁目辺り ( 写真で言うと右岸 ) かな…とか想像してます。 あんまり根拠は無いんですが、みゆきの家に行くために桜橋をかけてくチビガキの裕一が脳裏に浮かんだから……かな。
近鉄の宇治山田駅。 右側の火見台は、昔消防署が駅に併設されていた時の名残だとか。 この駅のロビーには、無線 LAN のスポットが設置されているので、とても便利です。
駅前の歩道橋の上から、AF-S DX VR ED 18-200mm F3.5-5.6G のワイド端で撮影。 うーん、このレンズの 18mm は結構歪むなぁ……と東京に帰ってきてから気付いた。 撮影してる時は、結構ハイな気分になってるので認識してなかったです。 あう。
荷物になると思い、この高倍率ズーム 1 本だけで撮影してたんですが、次に行くときは他のレンズも持っていくかな?
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